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静岡地方裁判所 昭和30年(行)1号 判決

原告 尾川昇

被告 静岡市長 外一名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告の請求の趣旨及び請求の原因

(一)  原告訴訟代理人は、被告静岡市長と被告富士起業株式会社間に昭和三〇年二月五日締結された別紙記載の静岡競輪場増改修についての覚書に基く契約は無効であることを確認する。訴訟費用は被告らの負担とするとの判決を求め、その請求の原因を次のように述べた。

(二)  被告静岡市長増田茂(以下被告市長と略称する。)は静岡市議会の議決を得て昭和二八年三月二〇日被告富士起業株式会社(以下被告会社と略称する。)との間に、被告市長は被告会社所有の競輪場を同月から一〇年間賃借して静岡市営の競輪事業を営み、賃料として競輪の勝者投票券売上高の五パーセントを支払う旨の静岡競輪場賃貸借契約を締結した。しかるに昭和三〇年二月五日被告両名間において協議の結果、被告会社は同月から七月までに静岡競輪場の両側面に有蓋スタンドを新設し、正面スタンド立見席を有蓋にする外一切の不備施設を増改修することとなり、これに要する諸経費の償却に充当するため、被告市長は被告会社に昭和三〇年二月から開催の静岡競輪の勝者投票券売上高の一パーセントを四年間支払い、五年目からの支払額はその時の状勢により被告両名間で協議する旨の別紙覚書記載のような静岡競輪場増改修についての契約(以下本件契約と略称する。)を締結した。

(三)  しかしながら、本件契約は地方自治法九六条一項八号所定のあらたに義務を負担する場合に該当するから、被告市長はその契約締結に当つては当然静岡市議会の議決を得なければならないのに、これを得ていない。従つて本件契約は無効であると言わなければならない。

(四)  そこで原告は静岡市内に住所を有する一市民として、地方自治法二四三条の二第一項により昭和三〇年二月一一日静岡市監査委員に対し被告市長の前記違法行為の禁止措置を請求したところ、同年三月一日監査委員から本件契約は無効である旨の通知に接したが、原告が請求した無効な本件契約履行禁止の措置については何らの回答がない。よつてここに同法四項に基き被告市長と被告会社間の違法な本件契約の無効確認を求めるため本訴に及んだ次第である。

第二、被告両名の答弁

(一)  被告両名訴訟代理人は、まず、原告の訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、その理由を次のように述べた。

(1)  地方自治法二四三条の二の規定に基く訴は同法所定の監査の請求を経て提起し得るものである。しかるに原告の本訴提起は昭和三〇年二月九日であるのに、原告はそれ以後の同月一一日に至つて始めて本件係争事項について静岡市監査委員に監査の請求をなし、同年三月一日その監査結果の通知を受けたという実情にあるから、本訴提起当時監査の請求を経ていないことは明らかで、従つて本訴は不適法であるというべく、しかも右不適法は本訴提起後における前記監査請求によつて適法となるべき筋合のものではない。

(2)  仮りに本訴が右監査の請求を経たことにより適法となつたとしても、監査委員の前記三月一日の監査の結果によれば、同委員は本件契約が右監査時において無効のものであることを判定しているから、結局原告が求めているところと一致すると言わねばならない、従つて原告は監査委員の措置に何ら不満はないものというべきであるから、本件の提起は許されるべきではない。

(3)  更に被告静岡市長は本訴において被告たる当事者適格がない。即ち本件契約は私法上の行為であるから、契約の当事者は静岡市であり、本訴はその無効確認を求めるのであるから静岡市を被告となすべきもので、静岡市の代表者に過ぎない被告市長は本訴における当事者適格を有しないものと言わざるを得ない。

(二)  次いで被告両名訴訟代理人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として本件契約は原告主張の通りあらたな義務の負担に該当するから、その締結につき静岡市議会の議決がない以上当然に無効であることを認める。その他の原告主張事実についても、総て認めると述べた。

理由

一、原告が静岡市の住民であること、被告静岡市長と被告富士起業株式会社との間に原告主張のような別紙覚書記載の静岡競輪場増改修についての契約が締結されたことは当事者間に争がない。

二、まず、被告両名は原告の本訴請求はその提起当時において地方自治法二四三条の二所定の監査の請求を経ていないから不適法であり、又たとえその後において監査の請求を経ても、それによつて本訴は適法とならないと主張するから、この点について考えて見る。

地方自治法二四三条の二のいわゆる納税者訴訟において、地方公共団体の住民が訴を提起し得るためには監査委員に対する同法所定の監査請求の手続を経なければならないものであり、右の請求を経ないでした訴は不適法として許されないことは同法の規定上明らかである。しかし右不適法な訴と雖も訴提起後口頭弁論終結当時までに監査請求の手続を経た場合においては右の瑕疵は治癒され、訴は適法となるものと解するのを相当とする。しかして本件記録によれば、本訴が当裁判所に提起されたのは昭和三〇年二月九日であるのに、原告が監査の請求をなしたのは同月一一日で、監査委員から原告に監査結果の通知があつたのは同年三月一日であるから、監査の請求を経ることなくして提起された本訴はその提起当時においては不適法であつたと言わなければならないけれども、その後原告は前記のように監査請求の手続を経たのであるから、これによつて本訴を提起するについての地方自治法二四三条の二所定の要件は充足せられたこととなり、その瑕疵は治癒されたものと言うべく従つて本訴は適法となつたものと解するのが相当である。

よつてこの点に関する被告らの主張は失当である。

三、次に被告両名は監査委員は監査請求人である原告に対し前記監査時において本件契約の無効であることを確認しているから、結局監査請求の趣旨と同一に帰着し、従つて監査委員の措置に対し不服はないと言うべきであるから、本訴は不適法であると主張する。

しかし原告は監査委員に対し、本件無効な契約を有効として行使することの禁止の措置を求めたのに、これについては何らの回答がないことを不服として本訴を提起しているものであるから、この点何ら不適法なことはないものと言わなければならないのであつて、単に監査委員が本件契約の無効を監査時に確認したという一事によつて本訴が提起できないとは到底考えられない。

よつてこの点に関する被告らの主張を排斥する。

四、更に被告両名は、被告市長は静岡市の代表者に過ぎなく、本件契約の主体ではないから、本訴において被告たる当事者適格を有しないと主張するから、この点について検討する。

被告静岡市長は静岡市の代表機関であり、従つて被告市長が締結した本件契約の主体が静岡市であることはその主張の通りである。しかしこのことを以て直ちに被告市長が本訴の被告としての適格がないとするのは速断のそしりを免れないものと考える。けだし地方自治法二四三条の二に基く訴の提起に当り、被告とすべきものについては、同法及び他の法令にも別段規定するところがないから、その被告たり得べきものについては本条制定の趣旨よりこれを判断する外はない。即ち地方自治法二四三条の二が設けられ住民に特にこの訴の提起が認められるに至つたのは、普通地方公共団体の長又はその職員がその任務に背き或は法規に違反して違法な行為をなし、又はなさんとしよつて当該地方公共団体に損害を与え又は与える虞れのある場合当該地方公共団体の実体をなす住民全体の利益のためにその違法行為を指摘して行為者たる当該長又は職員の非違を糾弾し、その反省を促すとともにその行為の防止或は是正をはかり、併せて当該地方公共団体の蒙つた損害を回復せしめ、もつて地方自治行政の公正な運営を確保しようとする目的にでたものと思われる。従つて、右にいわゆる監査請求の訴は通常の民事訴訟とはその類を異にし、弾劾的民衆争訟の性格を帯有するものであるから右の訴によつて当該長又は職員の非違を指摘し、その行為を是正することに重点をおく場合には当該長又は職員を被告とするのを相当とすべく、又当該公共団体の損害の回復をはかることに主眼をおく場合には、長又は職員のなした違法行為の効果の帰属主体である当該公共団体を被告とするのを妥当とすべく、更に場合により当該長又は職員及び当該公共団体を共同被告とし、或は訴訟の目的に直接利害関係を有する第三者をも被告に加えることを適当とすべきことも考えられ、結局訴の具体的態様により被告たり得る者を合理的に考えるべきであり、当該長又は職員は私法上の契約の主体たり得ないという一事によつて被告適格がないと断ずることはできないものと言わなければならない。そしてこの種訴に行政事件訴訟特例法八条の職権参加の規定の適切な運用が望まれる所以も地方自治法二四三条の二の規定の叙上の趣旨をより良く達成せんがために外ならない。今これを本件訴について見るに、原告は被告市長が権限なくしてなした本件契約締結行為の違法を指摘し、その行為の是正を求めるために本件契約無効確認の訴を提起したものであるから、被告市長は正に本訴において被告たる当事者適格を有しないものと言えないことは明らかである。(なお、被告両名共に後記のように本件契約の無効であることを自認しているから、静岡市を本訴に参加させる必要は認められない。)

よつてこの点に関する被告らの主張は認めることができない。

五、進んで本訴の確認を求める利益の有無について判断する。

被告両名は原告の主張通り本件契約は地方自治法九六条一項八号所定のあらたな義務の負担に該当するから、被告市長がその契約を締結するに当つては、静岡市議会の議決を経なければならないところ、その議決のない本件契約は正に無効であることを認めている。従つて現在本件契約の無効確認を求める本訴は即時確定の利益がないものと言わなければならない。

よつて原告の本訴は確認の訴として不適法なことは明らかであるからこれを却下する。

六、終りに訴訟費用の負担について一言する。訴訟費用は敗訴の当事者が全部負担するのを原則とし(民訴八九条)、ただ勝訴の当事者が権利の伸張若しくは防禦に必要でなかつた訴訟行為をした場合或は敗訴の当事者が訴訟の程度において、権利の伸張若しくは防禦に必要であつた行為をした場合は、これによつて生じた費用を勝訴の当事者に負担せしめることができるものとされている(民訴九〇条)。そこで本件において敗訴者たる原告の訴の提起が右の観点から真に必要にしてやむをえないものであつたかどうかであるが、原告の本件訴の提起が勝訴者たる被告側のちよう発によるものであることをうかがい知るような形跡は全く見当らない。むしろ原告が本訴を提起した後にはじめて静岡市監査委員に対し監査の請求をしたという前記の事実やその他本件にあらわれた諸般の事情等にかんがみると、若し原告において事前に監査委員に対し監査の請求をしていたならばあえて訴を提起するまでもなく、市長をして自己の行為の非違を悟らしめ十分きよう正の実をあげえたであろうと思われる。とすると結局原告の本訴の提起は権利の伸張防禦のため必要にしてやむをえなかつたものとは到底言えないから本件訴訟費用は民事訴訟法八九条により敗訴者たる原告に負担せしめるを相当と認める。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 戸塚敬造 田島重徳 大沢博)

(別紙省略)

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